忘れてはならない大切な文章「日本を憂う」

2007.5.23 森田実の言わねばならぬ[258]

「なぜ米国は日本に不況政策をとるよう仕向けたのか」

《「米国政府は、日本の巨額な貯蓄を米国で運用するため、日本に低成長=不況政策をとるように仕向けた」の部分が理解できません。》
・・・【回答 森田実】
 米国政府の対日経済政策の基本戦略は、1970年代末に立てられました。日本の巨額の貯蓄を米国の財政赤字補填と米国の投資拡大のために利用することによって、日本との経済競争に勝つこと、すなわち日本経済をつぶすことでした。これが70年代の米国経済の危機を乗り切るための米国の基本戦略でした(このことは日本国民には秘密にされましたが、日米関係に深く関わった人は知っていました)。
 この戦略に従って仕掛けられたのが1985年のプラザ合意とその後の新自由主義的経済政策への転換の要求でした。最近の金融改革も財政改革ももともとは米国政府の要求です。目的は日本国民の貯蓄を米国が吸収することにありました。主たる狙いは日本経済を長期不況の状況のもとにおくことにありました。
 この米国政府の狙いに中曽根内閣以後の歴代内閣が協力したのです。そして森内閣以後の小泉・安倍内閣は、それ以前の内閣よりもさらに熱心に米国に協力しましたし、現に協力しています。繰り返しますが、このことは、日米関係の深部に身を置いた人は知っていますが、日本国民に対しては秘密にされました。大新聞も、米国政府の真の狙いは報道しませんでした。
 米国政府の個々の対日経済要求の底を流れる基本戦略は、日本の膨大な貯蓄を米国政府と米国巨大企業のために使うことにありました。日本の大新聞や学者は表面だけしか見てこなかったのです。政治分析力の不足でもありますが、真の原因は意図的に隠されてきたことにあったのです。

2006.12.9 森田実の言わねばならぬ[529]

小林興起氏の政治的信念と主張は鋭い。「これでいいのか日本!」と題するメッセージの中で小林氏は次のように主張する。

 [1]両院協議会無視の異常選挙
 2005年9月11日の総選挙は、日本の憲政史上大変な汚点を残したものとして歴史に刻まれるだろう。衆議院を通適した法案が参議院で否決された場合に行われるはずの両院協議会等の手続きを無視して、衆議院を解散したこと、政権与党の総裁が党内の修正意見まったく取り上げず、反対した議員を党から事実上追放するため、法案の内容を深く勉強したと思えぬ者をにわか公認候補(いわゆる刺客)に仕立てて、反対者を粛清したことは現代の議会制民主主義を標榜する先進国家では見られない暴挙である。しかもこの暴挙を非難するどころか大新聞・大テレビ局が小泉勝利を導くような報道をしたことは大問題である。
 [2]アメリカの意向でつくられた法案
 こうまでして通そうとした郵政民営化法案の原点は2004年の日米首脳会談でブッシュ大統領の要求に小泉首相が合意していたことにある。ただし、なぜかこのことは政府もマスコミも国民に知らせていない。そして具体的な法案の作成は、米国の要求に沿って竹中郵政担当大臣がなんと17回(この回数は本人の国会答弁)もアメリカ側と打ち合わせをすることで作成された。条約でもないのに外国と打ち合わせをして自民党内の議員の声は抵抗勢力の意見としてまったく取り上げないという異常な法案審議態度であったが、このことも、マスコミは一切報道することはなかった。
 なお、アメリカ政府は日本政府に毎年いわゆる「年次改革要望書」をもって自国の利益実現に向けた要求を突きつけており、もちろん、郵政民営化も10年にわたって日本に要求してきた米国の悲願ともいうべきものであったわけだが、この要望書の存在もまた、日本政府は国民に知らせていない。
 [3]儲かるのはアメリカ
 結果として世界のマスコミが論じたように、法案が通って真に喜んだのはアメリカのウォール街である。つまりこれは日米の金融戦争であり、米国経済の繁栄を続けるために日本の金融資産をアメリカの金融資本の傘下に入れようという闘いであった。
 小泉・竹中構造改革というのは、一見もっともな不良債権早期処理の名の下で外資が土地取引や金融取引で大きく儲ける構造を、アメリカの意向を受けて日本政府がつくり上げたものにすぎない。
 [4]誰のための改革か?
 郵政民営化を強く求めたのは、まずはアメリカ生命保険会社であり、彼らがブッシュ大統領に陳情して、日本国が郵便局を通じて行う簡易保険の廃止を郵政民営化という言い方で日本政府に要求しただけの話である。すなわち郵政民営化は小泉首相の唱える日本人のための「改革」ではなく、アメリカの保険会社党の外国金融資本のための改革であり、まさにこれほど日本国民を馬鹿にした話はない。その上、郵便事業まで民営化したため(アメリカでは郵便事業は国営)やがて地方の郵便局はバタバタと廃止に追い込まれ、世界一を謳われた日本の郵便事業が大混乱に陥ることは必至である。
 日本のマスコミが一切こういった問題点を報道することなく小泉・竹中礼賛をし続けた陰に、ひょっとしたら、日本のテレビも新聞も広告の大スポンサーであるアメリカの保険会社等に気兼ねしなくてはならなくて、真実の報道を控えたのではないのか、と論ずる識者も多い。
 [5]皆さんの所得は上がっていますか?
 ここ10年、日本の皆さんが世界のどこの国民よりも勤勉に働き、技術水準も圧倒的に高いのに、なぜ皆さんの所得は上がらないのだろうか?
 お隣の中国もここ数年、10%近くの経済成長を続けており、ヨーロッパ先進国もアメリカも4〜5%の経済成長をしている中でわが国の経済停滞が続いている。働けど働けど働いたお金は外国金融資本の手に吸収され、本国アメリカ経済の繁栄を助けるだけであって植民地日本の一般大衆は現状維持が精一杯である。(もっとも本国アメリカの便宜を図ってゴマをする日本の政治家や経済人が、特別高い地位や高所得を得ていることは、現在の二極化現象を見れば明らかである。)
 [6]日本国民のための政治を!
 本来、世界一豊かな国でありうるはずの日本で、今や所得税の定率減税が廃止され、老人医療費・介護保険費用の国民負担がどんどん上がりだし、消費税増税も近いと言われている。
 ここまで説明すれば、皆さん、郵政民営化法案がなんら日本国民の為にならないことに初めて気づかされるでしょう。多くの国民は政府・マスコミに騙されてきたのです。
 われわれは国際間の厳しい競争を認識し、もっとしっかりとした独立国家をつくり上げていかなければならない。
 「日本国民の日本国民による日本国民のための政治」を実現するために国民の皆さんの奮起を呼びかけて参りたい。
 目党めよ、日本!

2006.9.6(その1)森田実の言わねばならぬ[323]

渡邉良明(政治学博士)さんの著書『J.F.ケネディvs二つの操り人形 小泉純一郎と中曽根康弘』は、抜群にすぐれた政治指導者論であり、全国民に読んでほしい魂のこもった著作である〈その2〉――「操り人形(1)小泉純一郎」

「欧米の物質文明は『悪魔文明』」とのガンディーのきびしい批判を引用し、現代日本の危機を鋭く指摘している。

 著者は、第四章において「欧米の物質文明は『悪魔文明』」とのガンディーのきびしい批判を引用し、現代日本の危機を鋭く指摘している。
 《現代日本に生きる我々は勢い、過剰消費の苦界の中で泳ぎ、弱肉強食の競争社会に怯え、高度なテクノロジーの奴隷と化している。…真の人間性や個人の主体性、それに一人の人間としての責任感や「日本人」としての矜持さえ失いつつある。心(精神)と物(物質)とは、常にバランスを保たなければならない。…それは一つに、「自足」を知る生き方を心掛けることである。だが現代文明は、この秩序観を蔑ろにし、自己の欲望を際限なく膨ませる。…この愚だけは避けなければならない。》
 正鵠を射た指摘であると思う。

NO.004 2006.8.31(その2)森田実の言わねばならぬ[308]

小林雅一著『外側から見た「自信喪失国」欧米メディア・知日派の日本論』(光文社、2006.6.30刊)が教える「日本は米国の従属国」という事実

「日本は米国の従属国」という事実

第二次大戦で日本国民の310万人の生命が奪われ、失われた。日本は破壊された。これは主として米軍の攻撃の結果だった。  米国はいったん怒ったらどんなことでもする軍事大国である。一度敵と決めたら、その相手を皆殺しにしてもかまわないと考えるような非情かつ冷酷な国である。こんな国とはどんなに辛抱しても仲良くしなければならない。
 米国の本質は、意に逆らう国に対してはただちに戦争を仕掛ける、歴史上最も強大な帝国主義国である。こんな国と紛争を起こしたら、国民の生命も財産もすべて破壊されてしまう。だからこそ、米国とはうまく付き合わなければならない。

米国の対日政策立案にあたる米国シンクタンクの研究者は、日米関係が従属関係にあることを前提にしている。米軍再配置と自衛隊の関係について、米国側が求める一体化(連合軍化)であることを認めている。憲法第9条については、米国側は、集団的自衛権をはっきり認めるよう改正すべきだ、考えている。
 米国側はこの間、「日米対等の関係」を盛んに喧伝してきた。米国は日本を対等のパートナーとおだて上げ、憲法第9条の改正を求めているのである。
 しかし現実は、米国への従属下における憲法改正である。集団的自衛権を認めれば、日本の自衛隊は米軍とともに世界中で行動し、戦闘行為ができるようになる。それは、日本の自衛隊が米軍の先兵の役割を果たすことを意味する。悪く考えれば、自衛隊は米軍の「弾よけ」に使われることになる。

NO.003 2006.8.18(その2)森田実の言わねばならぬ[285]

「声」特集――言論の自由が日本を救う

【8】KIさんの意見「終戦記念日」(8月15日)

《本日の総理大臣靖国参拝の騒動のなか、産經新聞サンケイプラザにおいて、日野原重明先生の講演が行われました。
 日野原先生は、サッカーを例に出しながらマスコミの煽動の仕方について批難をいたしました。「マスコミは冷静な報道をしてもらいたい。そして、われわれ国民はそれを批判しなければならない」といわれた。 同時に、政府、政治家の低俗的言動に批判を加え、日本の完全な消滅を予言され、そしてなお、残った日本こそが本物の日本になりうるのではないかと心の中を披露されました。
 おそらく、早朝の総理靖国参拝に深く失望された結果と思います。この日、この場所でこれだけのことを言いうる人は森田さんのほかにもいた。

 間もなく95歳になろうかという人が言っているのだ…私は思わず拍手をしようとしたのですが、周囲の状況から手が動きませんでした。
 いつ、狂犬が飛び出してくるかもしれないのだったと恐怖感が走った。溢れる涙を拭いもせずに聞き続けてしまいました。
 「全ての武器を放棄して、ガンジーやキング牧師のように平和に立ち向かおう」――そういわれた日野原先生が立ちっぱなしで、身振り手振りを交えての1時間半の講演を終えられてもなお、元気でかくしゃくとした姿勢を保っていました。
 もっと真剣に、国民の一人一人が平和について考え、ユダの悪行から同胞を、家族を、そして己自身を守ることをができれば、人類はもっと繁栄できるのだと痛感して帰路につきました。

 できることなら、日野原哲学というものを聞いて下さい。
 一人でも多くの人が真剣に考える時間をもてることを祈ります。》

NO.002 2006.8.15(その3) http://www.pluto.dti.ne.jp/~mor97512/
森田実の言わねばならぬ[279]

熊本市在住の友・渡邉良明氏(政治学者)からの「8.15とわが母」に関する手紙

[以下は、わが友・渡邉良明氏からの手紙の中の「わが母」の部分である――森田実]

「良き知恵を磨く」必要性

 音声が、ひどく悪かったが、それでも初めての玉音放送に、母は身も心も打ち震えていた。聴き終わると、祖母は彼女の手を握りしめて、強く引っ張って無言のまま歩き出した。
 汽車道に沿って、小川駅を南下し、それから農道に分け入って、西へ西へと歩いた。その時、頭上で味方の小型機が低空を飛びながら、ビラを撒いた。それには、「我々は、戦争に負けてはいない。最後まで戦い抜く」といった勇ましい文字が躍っていた。彼女にはそれが、ひどく空しいことに思えて、ただ呆然と消えゆく機影を見送った。
 祖母が彼女を伴ったのは、久しく遠ざかり訪ねていなかった故里(ふるさと)の村だった。祖母は、十五年もの歳月、足を踏み入れなかった生家の在る村を、今一度、眼の中に刻みつけたかったのだ。
 祖母も彼女も、戦争に敗れて、“もう生きてはいられない”と覚悟をしていた。祖母はただ一人の友人と再会して満足したのか、彼女たちは、夏の日中を歩きに歩いて、夜遅く小野辺田の小屋に帰り着いた。
 祖父と、戦争未亡人である母の姉と小学一年生の甥、それに祖母と彼女の家族五人は話し合い、十七日には熊本に帰ることにした。再び十二里の道を歩くのだ。祖父は、孫を自転車に載せていた。全員、“生きるも死ぬも熊本で”、と思った。十七日の夜は、西方に稲光がして、どしゃぶりになった。こういう時は、怖いものは何一つ無いものなのだ。
 母は家に帰って、電気の傘に付けていた黒い布を外して、まともに電灯の灯りを見た時の、あの“ドキリ”とした感激を忘れることはない、と言う。彼女たちは、いつも空襲に怯えて、暗闇の中で月日を過ごしていたのだから。――母は言う。

 「今からの日本も、また私たちも、“良き知恵を磨く”ことを忘れてはなりません。この道しか無いと思い込まないで、また思い詰めないで、他に道は開けると信じて良き知恵を磨くことを、日本の国民は忘れてはならないと思います」と。
 母の言う「良き知恵を磨く」という言葉に注目したい。若き日に、彼女たちが心から信じた「大本営発表」なるものが、如何に偽りに満ちたものであったかは、今日、衆目の一致するところである。だがこれは、単に戦時中だけではなく、現代の日本政府についても言えよう。今日もっとも求められるのは、国民と政府間の真の「信頼関係」なのではないだろうか。現在、日本国内において、両者間に、この信頼関係は有るのだろうか?
 だが、相互に“良き知恵を磨く”ためには、真に正確な「情報」が提示されなければならない。しかし現在、国民に必要な情報が開示されているかと言えば、決してそうではない。そこで問題となるのがマスコミの在り方だ。特にマスメディアは、常に不偏不党でなければならない。時の政府におもねるマスメディアであるならば、真に国民の為になる「情報伝達」は考えられない。常に“国民の立場”に立つマスメディアであることが肝要だ。

 その点、日本のマスメディアは、未だ低劣・幼稚の感を免れない。彼らの中で指導的立場にある人々に真の教養や素養が無いからだ。無論、“教育の問題”もあろう。「良き知恵を磨く」という言葉は実に平易ではあるが、その実現は、まさにこれからの課題である。》

NO.001 メディアを創る

書く気力が萎えてきた 天木 2006/02/20

http://amaki.cc/bn/Fx.exe?Parm=ns0040!NSColumnT&Init=CALL&SYSKEY=0193

 わずか一週間ほど日本を離れて再び日本の報道に接してみて、うんざりするほどの異常な気持ちを抱く羽目になった。日本は確かに滅亡に向かって突き進んでいると思う。それを誰も気づかないままに、いや気づいてもどうしようもないというあきらめなのか、報道もテレビも低俗すぎる。

 世界中の国々は多くの問題を抱えていても、生き残こりに真剣だ。国づくりに一生懸命だ。ところが日本はどうか。一体この国の政治家は何をやっているのか。官僚は何が出来るのか。それらを甘やかし続けるメディアや視聴者は何を考えて毎日を過ごしているのか。

 武部の息子が堀江から金をもらったかもらわないか、これに白黒をつけるよう国民は小泉と前原にガチンコ勝負を求めなければならない。どんなことがあってもうやむやにさせてはいけない。小泉政権が倒れるか、民主党が政党として解体するか、どちらかでなければならない。そんなことはさっさと白黒つけて、生き残った政党は、国民の明日のために粉骨砕身して働くべきだ。遊んでいる場合ではない。日本という国の政治が、経済が、社会が、国民が、世界から取り残されつつある。
 一年近く勝手なことを書き続けた私であるが、急速に書く気力を失いつつある。