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マスコミが報道しないもの達

2008.01.06 円は今やローカル通貨と言い放った元財務官僚 天木直人のブログ

 事は円の凋落だけに限らない。戦後我々の先輩が、そして我々が、日本株式会社の一員として汗水たらして築きあげた日本の復興、発展が、あっと言う間に、多くの国民が生活に苦しまなければならない日本に逆戻りしてしまった。ついこのあいだまで世界一、二を争う経済大国だと聞かされてきた日本が、いまや十数位に転落してしまった。
 それは決して我々国民のせいではない。我々が怠けものであったり、無能であったという事では決してない。間違いなく為政者の失政の責任である。その責任の所在を追及されることは決してない。誰も取ることなく、現役をしりぞいてもなお特権を享受し続けるこの国の支配者層における競争の欠如、談合体質こそ、日本をだめにした原因であるのだ。
 明日を担う若者たちよ。古い世代を乗り超えよ。自分の生活は自分で切り拓くという気概を持て。間違っても自分自身を殺して体制に従順であった先輩たちに追従する愚をおかしては行けない。自主・自立した生き方は決してなまやさしい生き方ではない。しかしその生き方こそ自分を救う唯一の道であるのだ。世界中の国民がそうして生きているのだ。それは自分を解き放つ事である。君たちの手で日本を蘇生させることでもあるのだ。

2007.08.04 最大手の鶏卵会社「イセ食品」
絶対に安いタマゴなんか口にできなくなる きっこのブログ

薄暗い施設の中の狭い檻にギューギュー詰めに押し込まれて、羽は抜け、トサカは折れ曲がり、首は垂れ下がり、足は立つ力も無くなり、どのニワトリも病気でボロボロになり、それでもタマゴを産み続け、そのタマゴは出荷されて行く。そして、ニワトリたちは、お水を飲む力も無くなって次々と死んで行く。死んだニワトリにはハエがたかり、そのまま檻の中で白骨化して行く。
これは、ニポンで最大手の鶏卵会社、「イセ食品」のアメリカの養鶏場の様子だ。この映像は、前にも紹介したことがあるけど、今日も最後にリンクしておくので、興味のある人は見てみて欲しい。「安いから」って理由で買ってるタマゴが、どんなふうに作られてるのか、そして、どんなふうに作られてるから安いのか、自分が食べるだけの人はともかく、自分の子供に食べさせてる人は、こういった事実を知っとく義務があると思う。そして、こういった事実を知った上で、親の責任で子供に食べさせるべきだと思う。
‥‥そんなワケで、この映像を見れば、絶対に安いタマゴなんか口にできなくなると思うけど、それ以上に、こんなに劣悪な状況のニワトリたちの糞を集めて、それをエサにして育てた牛の肉も、とてもじゃないけど口にできなくなると思う。それは、狂牛病に感染するとかしないとか論じる以前の問題としてだ。

2007.06.22 牛ひき肉偽装 ミートホープ株式会社
・・消費者の顔が札束に見える人たち きっこのブログ

‥‥そんなワケで、百歩譲って考えれば、豚肉を牛肉だってウソついて卸してただけなら、豚肉を食べちゃいけないとかいう宗教にでも洗脳されてない限り、そんなに大きな問題でもない。だけど、今回の偽装は、そんなレベルじゃない。だって、スーパーやお肉屋さんに並んでる豚肉と牛肉のミンチを比べても、そんなにすごい値段の差がないからだ。高級なすき焼き用のお肉とかなら、ものすごく高いものもあるけど、ミンチの場合は、たとえば、豚肉が100gで130円だとしたら、牛肉は150円くらいだ。だから、少し混ぜるとかじゃなくて、100%の豚肉を牛肉だって偽って卸したとしても、そんなに単価は変わらない。それなのに、何でこんなことを7年間も続けてたのかっていうと、本来なら食べることのできない豚肉を使ってたからだ。

「ミートホープ株式会社」の元幹部の証言によると、完全に腐ってて、腐臭がプンプンと漂ってる豚肉をどこからか持って来て、塩素だか何だかの溶液に一晩漬けておいて殺菌してから、それをミンチにして、家畜の血を大量に加えて赤く着色して、「牛肉のミンチ」として出荷してたそうだ。ようするに、元手はタダなのだ。本来なら、腐ったために捨てる肉を調達して来て、それを偽装して卸してたんだから、そりゃあ儲かって儲かって笑いが止まんなくて、一族そろってブクブクと豚みたいに太っちゃうのもうなづけるってもんだ。

2007.06.21 「イラク復興支援特別措置法改正案」強行採決
・・イラクの真実 きっこのブログ

戦地へ行くアメリカ兵なんて、自国じゃ仕事もないようなヤツラばっかだ。そして、報酬目当てでホイホイと集まり、何の訓練も指導も受けずに、そのまま飛行機に乗せられて戦地へと連れてかれる。自国じゃ日常的に強盗やレイプをやってたようなファッキンなアングロサクソンどもが、武器まで支給されて、自分たちを取り締まる警察官もいない他国に行くんだから、やることは決まってる。メボシをつけた現地女性の家に堂々と玄関から入って行き、金目のものを奪ったあとは、その女性を拉致して来て、仲間たちとレイプして、口止めのための記念写真を撮り、「今日のランチは口に合わなかった」とかって何か気に入らないことがあれば、レイプしたあとにイラク人を射殺する。そして、上官には、「テロリストを発見したので射殺しました」ってウソの報告する。これが、正義の味方、アメリカ兵の真実の姿なのだ。

バグダード(バグダッド)在住のイラク女性、リバーベンドさんは、「Baghdad Burning(バグダードバーニング)」っていうブログを書き続けてて、本にもなったから知ってる人も多いと思うけど、池田真里さん、伊藤美好さん、金克美さん、ヤスミン植月千春さん、山口陽子さんという「リバーベンド・ブログ翻訳チーム」の人たちが、がんばってニポン語に翻訳し続けてくれてる。そんな「Baghdad Burning」の2007年2月20日には、次の記述がある。
・・・アル=ジャジーラでは若いイラク女性のサーブリーン・アル=ジャナービーが、イラク治安部隊に家から拉致され、レイプされたと語っているのだ。視聴者には彼女の目しか見えない。彼女の声はかすれ、上ずったり詰まったりする。ついに彼女はもうこれ以上話せないとレポーターに告げ、恥ずかしさのあまり目を覆ってしまった。・・・彼女は誰よりも勇気あるイラク女性かもしれない。アメリカ軍とイラク治安部隊が女性たち(男性たちも)をレイプしていることはみんな知っている。でも実名でこのことを世間に明らかにしたのは、彼女が最初ではないだろうか。彼女が自分の身に起こったことを語るのを聞くと、私の心は痛む。

2007.06.20 国家権力・・ネット規制に乗り出し始めた国家権力 天木直人のブログ

およそあらゆる法律は必ず抜け穴が残る。権力者は巨悪を行うときはその抜け穴を極力利用しようとする。行政の裁量権を100%以上濫用して法の網の目を潜り抜けようとする。その一方で権力者は、権力に楯突く私人の行為については、法の抜け穴を徹底して狭くし、規制しようとする。行政裁量を独占して私人を取り締まろうとする。

そのような国家権力に対峙する私人の自由、自立な知的抵抗がネットの世界である。科学技術の発達は、私人の影響力を一気に高めてくれた。インターネットによる情報革命が、情報操作を独占し、国民をコントロールしてきた国家権力に、打撃を与えつつある。ネットの世界はこれから加速度的に進むであろう。国家権力の焦りと恐怖心が、国家権力をしてこのような規制に走らせたのだ。
 このことは最近の大手メディア、とくにテレビが、完全に権力側についてしまった現状を考えると特に興味深い。つまり新しいネットメディアが自由に活動するようになると、既存の大手メディアが不要になってくる。御用キャスターや御用評論家があふれる昨今の大手メディアにとっても、ネットメディアの発展は脅威なのだ。だから国家権力と既存の大手メディアが結託して、ネットメディアをつぶしにかかることだろう。

2007.06.19 我々国民は、国家権力の嘘に騙され、おびえてはならない
・・英機密文書が明かす昭和天皇の言葉 天木直人のブログ

その中でも、私が最も注目したのは、終戦直後に駐日英国代表(大使にあたる役職)のガスコインが、連合軍司令官マッカーサーと面会した際の記録である。ガスコインはマッカーサーから聞いた昭和天皇とマッカーサーのやり取りについて、次のように記していたのだ。
・・・「そこまであなたが戦争に反対していたなら、なぜマイクの前に立ち、その旨を宣言しなかったのか」(というマッカーサーの問いに昭和天皇はこう答えた)。「歴代の天皇で、側近の意見に反して行動した者はいません。1941年の時点で、もし私がそんな行動を取れば、間違いなく首をかき切られていました(1947・1・22)・・・

・・・しかしそれよりも腹がたってくるのは、現人神である思い込まされてきた昭和天皇は、当時の軍人たちにとっては偽りであったという事実だ。昭和天皇を現人神に祭り上げ、軍部や特高警察の上層部はそれを利用し、国民を絶対服従させてきたのだ。この不合理、不条理な当時の軍部の独裁振り。日本は崩れるべきして崩れた。
そして今日の政治状況である。我々は政府に騙され続けているのではないか。過ちを繰返してはならない。我々国民は、国家権力の嘘に騙され、おびえてはならない。

2007.06.10 国家は社会の中でも特殊な存在だ
・・国家と国民は一体なのか 天木直人のブログ

 6月9日の朝日新聞「異見新言」で萱野稔人という津田塾大准教授が、「国家と国民は一体なのか」というタイトルで一考察を書いていた。
 「・・・国家の運営に直接かかわったり、役人や軍人として一定の権限を与えられたりする人間と、それ以外の国民とを区別してはならない、という発想に(安倍首相の)国家観が具現している。これが沖縄戦での『集団自決』に関して表明されると、軍の命令という要素をなんとか無化したいとする政府(文部科学省)の態度になるのである・・・
しかし国家は社会の中でも特殊な存在だ。なぜ特殊かと言えば、それは国家だけが合法的に暴力を用いることができるからである。逮捕という形で人々の身柄を強制的に拘束したり、戦争というかたちで武力行使をしたりすることが法的に認められているのは国家だけである・・・国家と国民の間には明らかな非対称性があるのだ・・・」

そして萱野准教授が締めくくっているように、国民側からではなく、安倍首相の国家観のもとで改憲の準備が進められているところに、国民側から見た危うさがあるのである。すべての国民がそうあるべきであると言うつもりはない。しかし国家と国民が「国家権力」という暴力を行使できるか出来ないかという点において非対称性である以上、「国家と国民は一体である」という国家観を拒否する自由は、国民側に残されなければならないのだ。