(注)6,佐橋甚は甚兵衛の墓  「新居町 史蹟めぐり」 P37
 三河以来徳川家康の直参旗本、正保4年(1647)10月14日、今切関所番頭、奉行を兼ね、六代・七代を務め、明暦3年(1657)3月13日荒井で没した。先に自分が開基となった祐念寺に葬られたが、この寺は宝永の災害で源太山西麓へ移転した。しかし、1891年濃尾地震で寺は埋没。大正5年(1916)発掘。隣の鷲栖院へ預けられたまま今日に至り、昭和51年(1976)5月22日修築した。