(注)堀江城(堀江陣屋)   浜松市西区舘山寺町堀江
  室町前期(「ウイキペデイア」では鎌倉時代)の城跡。円鉄舘山寺遊園地浜名湖パルパルの丘陵地一帯(御陣山)が城跡で、ここに藩主の居館を中心に城砦があったと思われるが、築城年代や規模等明確でなく、遺構も残っていない。
  堀江城は代々大沢氏の居館で、初め今川氏に属し宇津山城(湖西市入出)・遠江佐久城(別称浜名城・浜松市北区三ヶ日町大崎)などと共に、三河に対する抑えとしての機能を果たした。
  永禄11年(1568「ウイキペデイア」では永禄12年)基胤(もとたね)の代に徳川家康属した。基胤の子基宿(もといえ)は1500石を与えられ、旗本となり慶長8年(1603)家(こうけ)となり、以来大沢氏は幕末まで旗本としてこの地方に君臨した。所領は3500石。
      「静岡大百科事典」P739。「ウイキペデイア」フリー百科事典他