(注)山本勘助(?〜1561)
  武田信玄の軍師として知られる。1543年(天文12)三河から甲斐に来て、兵法に通 じていたため重用され、永禄4年(1561)川中島の戦いで戦死したという。実在の人物  かどうかは不明。弘治3年(推定・1557)6月23日付晴信(信玄)書状に晴信の使者 として「山本菅助」がみえ、この人物に兵法の大家という人物像が付加され、後世に伝 えられたとも考えられる。
           「日本史広辞典」 P2155

 ※山本勘助ゆかりの地
   勘助ゆかりの地は各地にあり、静岡県の富士市(医王寺)・富士宮市(山本家)
 、愛知県の豊川市(長谷寺)・豊橋市(加茂町)その他長野市・韮崎市(宝泉院)川中島 等、生誕地、墓・供養塔など地元の人たちの手で守られている。
 山本勘助についてまとめた書籍として、「新装版 山本勘助 上野晴朗著」新人物往来 社刊がある。

 ※山本勘助に関する小説
 ・「謀将山本勘助」 南原幹雄  新潮文庫   上・下巻 文庫
 ・「山本勘助」   土屋治重           成美堂出版       
 ・「山本勘助 異形の軍師」長岡慶之助       学研M文庫    
 ・「山本勘助 武田軍団を支えた名軍師」 石川能弘 PHP文庫  
 ・「謀将山本勘助」   秋永芳郎          春陽文庫      
 ・「紅楓子の恋(「将軍の星」収録)宮本昌孝     徳間文庫