(注)野口休可の墓  「新居町 史跡めぐり」  P37
   長い間、人の住んでいなかった松山村を明暦2年(1656)43才で開発し
 た野口甚九郎直勝(後に休可)は、名門佐々木高綱の家系の出身。慶長19年(1614)3月12日,遠州中泉で出生。掛塚で回船業で得た大金を持って、松山の開拓事業並びに舞阪港の築港に尽力し、延宝8年(1680)11月2日、67歳で松山村で没し、本果寺に葬る。